1 はじめに
相続放棄とは、その者を「初めから相続人とならなかった」扱いにする手続です。
したがって、相続放棄をした者は、被相続人のプラスの財産(預貯金、不動産等)もマイナスの財産(債務)も一切承継しません。
プラスの財産よりマイナスの財産が多いことが明らかであり、被相続人の債務について相続人が自分の財産から弁済しなければならないという事態を避けたい場合や、他の相続人とのトラブルを避けたい場合に、相続放棄をすることが考えられます。
本記事では、相続放棄の手続を行うときに気を付けるべきポイントを解説いたします。
2 注意すべき3つのポイント
相続放棄の手続を行うときに気を付けるべきポイントは、大きく分けて3つです。
① 期限(熟慮期間):相続の開始と自分が相続人であることを知った日から原則3か月以内。
② 相続財産の取扱い:相続放棄前に相続財産を処分すると、単純承認をしたと扱われるリスクがあります。
③ 相続放棄後の対応:相続放棄後も相続財産を占有している場合、一定の管理義務を負います。
① 期限(熟慮期間)
相続人は、原則として、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に、相続放棄の申述をしなくてはいけません(民法915条1項)。この3か月の期限のことを、「熟慮期間」といいます。
そして、「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、通常、相続人が相続開始の原因たる事実(すなわち被相続人が死亡した事実)に発生を知り、かつ、自分が相続人となったことを認識した時をいいます。
この熟慮期間内に相続放棄の申述がない場合、単純承認をしたものと扱われてしまいます(921条2号)。
しかし、相続財産が所在不明であったり、構成が複雑である場合には、相続財産の調査が熟慮期間内に終わらず、相続放棄をするか否かの判断ができないことがあります。
そこで、上記熟慮期間は、相続人をはじめとする利害関係人の請求により、家庭裁判所の審判を得て、期間の伸長ができることになっています(915条1項ただし書)。
もっとも、熟慮期間伸長の申立てをする場合であっても、
・伸長の申立ては当初の熟慮期間のうちに行う必要があること
・伸長の期間は、相続財産の構成や所在等の事情を考慮して、家庭裁判所の裁量で決定されること
には注意が必要です。
② 相続財産の扱い方
先ほど、熟慮期間内に相続放棄の申述がない場合には、単純承認をしたものと扱われてしまう、と述べました。
民法は、熟慮期間の徒過以外にも、「相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき」には、相続人は単純相続をしたものと扱う、と定めています(921条1号)。
そのため、相続放棄の申述が受理される前に、相続財産を勝手に費消したり、相続財産から被相続人の債務を弁済することは、まず避けるべきです。
もっとも、どのような行為が相続財産の「処分」に当たるか否かは、事案によって様々であり、判断が難しいことが少なくありません。
したがって、相続財産の取扱いには十分注意するとともに、早期に弁護士等の専門家に相談することも検討するとよいでしょう。
参考:「処分」に該当する場合・しない場合
| 問題となる行為 | 「処分」該当性 |
| 建物の補修(保存行為) | ×(921条1号ただし書) |
| 使用貸借契約の解除(管理行為) | ×(918条) |
| 建物の取壊し | 〇(東京地判H21.8.26) |
| 受取人を相続人とする死亡保険金の受領 | ×(福岡高宮崎支決H10.12.22) |
| 受取人を被相続人とする死亡保険金の受領・費消 | 〇(千葉地八日市場支判S7.3.19) |
| 相続財産中の債権の行使 | 〇(最判S37.6.21、東京高判H1.3.27) |
| 相続財産からの(高額でない)葬儀費用の支払 | ×(大阪高判H14.7.3) |
③ 相続放棄後の対応
相続放棄後においても、相続財産を「隠匿する」、「私(ひそか)に消費する」、「悪意で相続財産目録に記載しない」といった背信的行為をすると、単純承認をしたと扱われてしまう点にも注意が必要です(921条3号)。
また、相続放棄後においても、相続人が相続財産に属する財産を占有しているときには、その相続放棄をした者は、相続人又は相続財産清算人に引き渡すまでの間、その財産につき一定の管理義務を負います(940条1項)。
そのため、相続放棄をしたからといって占有している相続財産の管理を怠ると、それによって生じた損害を賠償する責任を負うことにもなり得ます。
したがって、相続放棄はしたものの、依然として相続財産の一部を管理しているという場合には、早期に相続人若しくは相続財産清算人に引き渡すべきと考えられます。
そして、相続財産清算人が選任されていない場合には、家庭裁判所に対してその選任を申し立てて管理義務を終了させることも選択肢となります。
3 相続放棄手続の流れ
上記ポイントを前提に、相続放棄手続の流れをまとめると、以下のとおりとなります。
- (1)相続財産の調査
- 被相続人の預貯金・不動産・借金を通帳や固定資産税通知書等で把握し、プラスの財産とマイナスの財産がどれくらいあるのか確認します。
- (2)「触らない」を徹底
- 相続放棄の申述が受理されるまで、相続財産の「処分」と判断されるおそれのある行為は控えます。
- (3) 家庭裁判所へ申立て
- 被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に、相続放棄申述書を提出します(収入印紙・郵券・被相続人の戸籍等が必要となります)。3か月の熟慮期間内に申述ができない場合には、期間伸長の申立ても検討します。
- (4)照会書への回答
- 裁判所から届く照会書に、放棄理由や把握状況を記入し、返送します。
- (5)受理通知書の受領
- 家庭裁判所から送付された相続放棄申述受理通知書を受領すれば、相続放棄手続は終了です。
ただし、相続財産の管理義務を負う場合があることに注意。
4 さいごに
相続放棄は、被相続人のマイナスの財産を承継しなくて済むというメリットがある一方、熟慮期間や相続財産の取扱いなど、十分に注意しなければならないポイントが存在します。
判断に迷ったら、相続財産には極力触らず、弁護士等の専門家に早期に相談することが重要です。
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